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2010年 01月 25日

「新人シリーズ8」受賞者のお知らせ

die pratze「新人シリーズ8」は今年も好評のうちに終わる事が出来ました。ご来場いただいた皆様、参加ダンサーの皆様、スタッフの皆様、どうもありがとうございました。

また、「新人シリーズ8」の新人賞は、小山綾子さん。オーディエンス賞は南弓子さんに決まりました。
おめでとうございます。
受賞したお二人には夏に行われる「ダンスがみたい!12」に出演していただく予定です。

今後とも「新人シリーズ」を宜しくお願いします!
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by hayashikeiich | 2010-01-25 14:54
2010年 01月 07日

2009 - 2010 die pratze

明けましておめでとうございます。
今年も宜しくお願いします。

新年に相応しくないかもしれませんが、昨年度のdie pratzeの総括を簡単に書きましたので、読んでいただければ幸いです。

それでは。
2010年が皆様にとってもよい年でありますように・・・。

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die pratzeでは今まで数多くのフェスティバルが行われてきました。その多くは、フェスティバルサイドのセレクションによるラインナップで行われてきました。
しかし、僕たちはそういったやり方に行き詰まりを感じています。
それはフェスティバルが公演をうたせる場所、という事以上の機能を現状では失いつつあると思うからです。
die pratzeでは考え方の違う複数のスタッフで構成されていますし、フェスティバルによっては実行委員会を設けて行う場合もあります。
ただ、僕たちがフェスティバルを行う根底に持っているのは、舞台界で、まるで政界のように自己中心的な競争が蔓延している中で、舞台芸術と真面目に向き合おうとする人たちと共に、舞台芸術独自の価値・力を追求し、舞台界に影響を及ぼしていけないか、という事です。
今のダンス界も演劇界も、テレビのタレントのように流行廃りを追いかけている様にしか見えません。
それが舞踏であってもコンテンポラリーダンスであっても、前衛演劇であっても。ジャンルは何であれ、各自が自分の持っている型やスタイルで権力を獲得していこうとしている様に見えるのです。
そんな中で、舞台芸術は人間が生きる意味や、その方向性について考えるという根本から日に日に離れていっています。
一般社会の仕事と芸術が同じ機能しかしないなら芸術を仕事一般と分ける事は無意味です。

そんな中で、die pratzeが行ってきた2009年度のフェスティバルはどうだったでしょうか?
簡単に総括していきたいと思います。

「M.S.A.COLLECTION2009」

09年4~5月は「M.S.A.COLLECTION2009」が行われました。
また、このフェスティバルでは08年10月~公演までの間、参加団体と実行委員側スタッフによる毎月2回程度の話し合いが持たれました。
それはただ公演を行って終わるフェスティバルではなく、「何故舞台に立つのか」という問題について忌憚の無い議論をし、追求していこうというものでした。

「何故舞台に立つのか」という問いに対して“楽しいから”“楽しませたいから” “分からない”などなど、今までそういった問題に直面してこなかった為に、殆どの参加者は、周りから追求を受けるとしどろもどろになってしまっていました。
それは重大な問題なのではないかと感じました。

ただ、互いに誹謗中傷に感じてしまう事もあるほど厳しく、正直に話し合う場にまりました。そういった場はそれだけでも、活動の場が閉塞的になっている演者たちにとっては貴重なものです。
ただ、平等な立場で話すといっても、やはりそこでも力関係が生じてしまい、発言力が強い人に権力が傾いてしまいました。それは、お互いの責任であるものの、問題点として最後まで解決できなかったと思います。

また、こういった話し合いは、日程的にもかなり大変なものであると共に、お互いの活動について、当たり障り無い対話から一歩踏み出す事は、多くのアーティストには受け入れられにくく、継続してやっていく事もまた、とても大変である事を思いしらされました。

アレソレと成果を述べようとすると難しいですが、実際に行われた公演の内容は正直厳しいものもありましたが、セレクション時の公演にはない可能性も僅かではあるものの、互いに感じ、共有できたのではないでしょうか。


「ダンスがみたい!11」

7~8月に行われた「ダンスがみたい!11」では、去年の舞踏シリーズなどからガラッと雰囲気が変わり、若松美黄さんや石井かほるさんといった大御所のダンサーから、川口隆夫さんや手塚夏子さんをはじめとした気鋭のコンテンポラリーダンサー達、更には群々などの注目の新人まで、世代とカテゴリーを越えて集ったダンサー達によって行われ、好評を得ました。
特に小劇場では滅多にお目にかかれない若松美黄さんや石井かほるさんの舞台は各ステージ満席になるような賑わいで、この舞台の機会をダンサーの方も観客の方々も非常に満足していました。大劇場で見るときの雰囲気とは違っているようで、その事も楽しんでもらえたようでした。
あるお客さんからは「違った世代やジャンルに属するダンサーを一度の機会に見ることで、自分がダンスに何を求めているのか、何を見ているのかということを改めて考え直させれられ貴重な時間が過ごせた。」とういうご感想を頂きました。
ほかにもそういった多くの感想を頂き、なにかコンセプトを持って、同じ傾向をもったダンサー達を集めるフェスティバルの作り方だけではなく、こういったセレクションも大変面白いと思いました。
激しく消費され交代していくダンスの流行に逆らって、という程の試みではありませんが、世代とジャンルを渡って多くのダンサーを見ることによって、時代やジャンルを超えて、舞台に必要な物が何なのかを、僕たちもお客さんも考え、体験する事が出来るように思いました。
「ダンスがみたい!」はこの会で11回目を迎えました。はじめた当時と比べるとダンサー人口も確実に増えており、お客さんにとっても僕たちの劇場でのダンスパフォーマンスは決して珍しい物ではなくなりました。それはある面では「ダンスがみたいが!」が一部は貢献した成果といえます。
ただそれと同時にダンス界の流行に流されて多くのダンサー達が均一化されていく傾向もあり、ダンサー人口の増加に比例せず、内容的には行き詰まりを感じてしまいます。そういった中で、もう一度ダンス独自の価値を発見できる様に、また新鮮な気持ちでダンスパフォーマンスを観る事が出来るように、フェスティバルのやり方も変わっていかなければならないなと思いました。
それは新しいダンサーを見つけるとか言う事とは別に、フェスティバルを行う本質を制作者が見つめ直す必要があるということです。流行のダンサーを誘ってファッションのようにフェスティバルをつくるのではなく、新しい・古いを越えた価値を追求していくための場所を創る事を今後、「ダンスがみたい!」でも試行していきたいと考えました。


「NEO COLLECTION2009」

9月に行われた「NEO COLLECTION2009」は“次世代を切り開くアートフェスティバル”と掲げ、公募で集まった8団体によって行われました。
上の二つのフェスティバルと比べてこのフェスティバルでは“次世代を切り開くアート”であるという事と、台本・振付がオリジナルで初演であるという条件のみで、各劇団が公演を行いました。
それにはどうしても内輪になりがちなセレクションから離れて、僕たちの知らない優れたアーティストと出会いたいという意図があったためでした。その結果、舞踏やコンテンポラリーダンス、演劇、中には時代劇まで様々に集まりましたが、公演では決して次世代の舞台を開拓するような先鋭的な作品が現れたとはいえませんでした。


「2009韓日アートリレー」

11月には「2009韓日アートリレー」がソウル・弘益大学前のシアターゼロで開催された。このフェスティバルは、韓国のシアターゼロと東京のdie pratzeの共同主催であり、2007年から毎年両国で交互に開催されている。演劇や舞踊、パフォーマンスに音楽と、多様なジャンルの実験的な公演が行われている。韓国からは、パク・ミル、イ・ジウによる音楽公演、チェ・イルスンの単幕劇、パク・チンウォンのコンテンポラリーダンス、カン・ジョンギュンのパントマイム、シン・ヨングのパフォーマンスの6チームが参加。日本からは、相良ゆみ、万城目純、花上直人、林慶一、OM-2ら10チームが参加した。
今回は韓国側がこのフェスティバルのための十分な助成金を受けられなかったため、満足できる宣伝活動ができなかった点が惜しまれる。日本であれ韓国であれ、実験的なフェスティバルにおいて国から助成金を受けるということはなかなか難しいことだということが良く分かる。だからと言って、安易に「分かりやすい」フェスティバルに走るのも考え物です。「分かりやすい」から零れ落ちる残滓をこそ舞台の上で発見していかなくては、それこそアートの閉塞を招いてしまう。もちろん、今回のフェスティバルの作品全てが実験的であったとは必ずしも言えない。韓日コラボレーション作品も果たして現行のままでいいのか?

反省すべき点は多々あるものの、継続していかなければならないフェスティバルの一つだと私は思います。


最後に・・・。
大抵の民間の劇場においてフェスティバルというのは経済的な理由で、唯一劇場に性格を持たせる、またそれを外に発信するための手段でもあると思います。経済的な理由というのは、通常レンタルスペースとして経済的にもやっていかないといけないので、貸し出す団体の傾向を選ぶ事などは出来ないからです。
そういった現状の中で各劇場が独自の個性を持とうとすること、また、近しい方向性のアーティストを支援していくことは劇場の機能として重要な事だと思っています。
しかし、フェスティバルであっても経済的な問題抜きに内容だけ突き詰めていく事は、なかなか困難です。 そういった中で出来る事をやっていくというのが僕たちのスタンスではありますが。近年では事業仕分けによる経費の削減などで基金などの支援もあまり期待できなくなり、フェスティバルであっても経済面を重視しなければならなくなっていっている現状は僕たちにとって大変苦しいものです。
そういった現状は、フェスティバルの多様性を狭めていき萎縮させていくでしょう。その上で、僕たちは何が出来るのか、何をしてきたのか、今一度その根拠と、そこから発展していく方向性を考えていかなければなりません。
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by hayashikeiich | 2010-01-07 17:29 | 雑記